コラム|デジタル資産との付き合い方

この5年で、財布と引き出しから消えたもの5選

薄くなった財布とスマホがテーブルに置かれた、現代のミニマルな持ち物

5年前のあなたの財布、何が入っていましたか

最初に、小さな記憶のテストをさせてください。5年前のあなたの財布には、何が入っていたでしょうか。

現金。クレジットカード。ポイントカードの束。診察券。少し重くなった小銭入れ。そして家の引き出しには、通帳と印鑑、保険証、現像した写真、誰かからもらった手紙——。

では、いまの財布はどうでしょう。カードは数枚に減り、現金はお守り程度。そもそも財布を持たず、スマホだけで出かける日も増えたはずです。引き出しを最後に開けたのが、いつだったかも思い出せないかもしれません。

これは衰退の話ではありません。むしろ逆で、この5年は「持ち物が史上いちばん身軽になった5年」でした。私自身、その便利さを毎日享受している一人です。

ただ、ひとつずつのニュースでは知っていても、5年分の変化をまとめて並べたとき、何が起きたのかに気づいている人はほとんどいません。そして、この「消えた5つ」には、ある共通点があります。それは記事の後半でお話しします。まずは答え合わせから。

①現金とクレジットカード——支払いの半分以上が、もう現金ではない

現金とカードとポイントカードでパンパンに膨らんだ、ひと昔前の財布

レジの前の風景が変わりました。小銭を数える代わりに、スマホをかざす。QRコード決済にタッチ決済、交通系IC。経済産業省が2026年3月に発表した2025年のキャッシュレス決済比率は、58.0%。算出方法が見直された新しい国内指標での数字ですが、日本の支払いの半分以上が、すでに現金ではなくなった計算です。

見落とされがちなのは、この変化が二段階で起きていることです。第一波は「現金からカードへ」。そして今の第二波は「カードからスマホへ」。クレジットカードそのものをApple PayやGoogle ウォレットに登録してしまえば、物理カードを財布から出す場面すら消えます。つまり現金だけでなく、カードという「物」まで財布から消え始めているのです。

これは正しい進化です。会計は速く、ポイントが付き、履歴が自動で残る。家計簿アプリと連携すれば、記録の手間すら消えます。財布が軽くなったのは、私たちが賢くなった証拠です。

試しに思い出してみてください。最後に銀行の窓口やATMで現金を下ろしたのは、いつでしょうか。 給料は振り込まれ、家賃やカードは引き落とされ、買い物はスマホで払う。お金が「現物」の姿になる瞬間が、生活からほとんど消えた人も多いはずです。お金は今や、生まれてから使われるまで、ずっとデジタルのまま流れています。

ただ、ひとつだけ覚えておいてください。現金は、財布を開けば「いくらあるか」が誰の目にも見えました。スマホの中の残高は——この話は、後でまとめてやります。

②ポイントカードの束——財布の厚みは、アプリになった

5年前の財布を膨らませていた最大の犯人は、実はお金ではなくポイントカードでした。スーパー、ドラッグストア、家電量販店、コーヒーショップ。「ポイントカードはお持ちですか」に応えるたび、財布は厚くなっていきました。

いまは、ほとんどがアプリのバーコード提示に置き換わりました。紙のスタンプカードを失くすことも、有効期限切れに泣くこともない。財布は薄くなり、ポイントはむしろ貯まりやすくなった。誰も損をしていない進化です。

ここで、ひとつ雑学を。アプリに引っ越したポイントは、立派な「お金の仲間」になりましたが、多くのサービスの規約では、ポイントは本人だけのものとされていて、家族への引き継ぎや相続の対象にならないのが一般的です(扱いはサービスごとに異なります)。紙のカードの時代は「失くしたら終わり」でしたが、アプリの時代は「本人にしか使えない」。便利さと引き換えに、ポイントは少しだけ「個人の鍵の内側」へ入ったのです。

③通帳——銀行が「紙をやめたい」本当の理由

通帳は、消えただけではありません。お金を払う人だけが持てるものになりました。

みずほ銀行では2021年1月以降に開設した口座の紙通帳は1冊1,100円(70歳未満)、三井住友銀行でも2021年4月以降の新規口座では年550円の手数料がかかります。住信SBIネット銀行や楽天銀行などのネット銀行には、最初から紙の通帳がありません。

なぜ銀行は、そこまでして紙をやめたいのか。ここに、あまり知られていない事情があります。預金通帳は印紙税法上の「課税文書」で、銀行は通帳1冊につき、毎年200円の印紙税を国に納めています。あなたが通帳を持っているだけで、銀行には毎年コストが発生する。その負担は銀行業界全体で年700億円規模と報じられ、三菱UFJ銀行が「紙の通帳をやめた人に1,000円進呈」というキャンペーンまで行ったのは、このためです。デジタル通帳は課税文書に当たらないので、印紙税がかかりません。

つまり通帳の消滅は、流行ではなく経済の必然です。この流れが巻き戻ることは、まずありません。

規模も見ておきましょう。NISA口座は2025年12月末時点で約2,826万口座、累計の買付額はおよそ71.4兆円。日本の大人のおよそ4人に1人が、通帳も紙の報告書もない世界に資産を置いている計算です。

これも、悪いことではありません。紙をなくしたからこそ手数料は安く、金利は良くなった。記帳のためにATMに並ぶ時間も消えました。

そして、これと同じことが、実は保険でも起きています。賢く保険を選んでいる人ほど、ペーパーレス割引やWeb申込割引を使って、紙の証券を発行しない「Web証券(マイページ管理)」にしているはずです。合理的な選択です。ただ、ここには銀行口座と決定的に違う点がひとつあります。銀行のお金は、10年放置されて「休眠預金」になっても、手続きをすれば引き出せます。一方、保険金は「家族がその契約の存在に気づいて、自ら請求しない限り、1円も支払われない」仕組みです(請求主義)。保険会社の側から「保険金をお支払いします」と連絡が来ることは、基本的にありません。しかも保険法では、保険金の請求権は原則3年で時効と定められています。紙の証券が引き出しから消えた先進的な保険ほど、もしものとき家族に見落とされやすい——通帳と同じ「目印の消滅」が、より静かに進んでいるのです。

(なお、遺族などが生命保険の契約の有無をまとめて照会できる「生命保険契約照会制度」が2021年7月から始まっています。1回3,000円。出口はあります。ただしこれも、家族が「保険があったはずだ」と思って探し始めることが前提です。)

通帳には、お金の記録の他に、もうひとつ隠れた役割がありました。それは後ほど。

④印鑑と身分証——ハンコは99%が役目を終えた。残った1%が問題

2020年、国の行政手続き約1万5,000種類のうち、99%超で押印が廃止されました。引き出しの印鑑が活躍する場面は、もうほとんど残っていません。

面白いのは、残った1%の中身です。押印が残ったのは、不動産の登記や法人の登記など、実印を求める特に重要な手続きでした。つまりハンコは「日常からは消えたが、人生の大事な場面にだけ残った」のです。ここで質問です。あなたの家の引き出しにある数本の印鑑のうち、どれが実印で、どれが銀行の届出印か——見分けられるのは、おそらくあなただけではないでしょうか。

身分証も同じ道を歩んでいます。健康保険証は2024年12月2日で新規発行が終わり、マイナ保険証が基本になりました。2025年3月24日からは運転免許証もマイナンバーカードと一体化できる「マイナ免許証」が始まっています(持ち方は選べます)。マイナンバーカードの保有枚数率は2026年1月末時点で人口の81.2%。引き出しに分散していた「自分を証明するもの」は、カード1枚とスマホに集約されつつあります。

住所変更は楽になり、窓口の待ち時間は減りました。これも前に進んだ変化です。

⑤アルバムと手紙——思い出は、本棚からクラウドへ

本棚の古い家族アルバムと年賀状の束——かつて家に残っていた思い出のかたち

最後は、お金でも証明書でもないもの。思い出です。

数字がいちばん雄弁なのは、年賀状でしょう。年賀はがきの発行枚数はピークだった2004年用の約44.6億枚から減り続け、2026年用は当初発行で約7.5億枚。およそ6分の1になりました(日本郵便)。手紙とハガキの役割は、LINEとメールに引っ越したのです。

写真も同じです。子どもの写真は現像されなくなり、iCloudやGoogleフォトに自動で貯まっていきます。本棚のアルバムが増えなくなった代わりに、スマホの中には何千枚、何万枚という写真が、劣化もせず、検索までできる状態で収まっています。「現像に出す」という言葉自体、もう通じない世代が育ち始めています。

昔より思い出が薄くなったわけではありません。むしろ私たちは、史上もっとも多くの記録を残せる時代を生きています。

おまけ——次の5年で「消える」順番を待っているもの

ここまでが、すでに起きた5つ。では、次の5年はどうなるでしょう。順番待ちの列は、もう見えています。

家の鍵は、スマートロックでスマホに入り始めました。診察券は病院アプリに。ガスや電気の検針票が、いつの間にか紙で来なくなったことに気づいた方もいるでしょう。各種の契約書類も「Web交付をご選択ください」の一言で、紙から消えていきます。

個別の品目は違っても、引っ越し先は全部同じです。スマホの中。 つまりこの記事で話してきた構図は、これから弱まるどころか、年々強まっていきます。だからこそ、次の話が重要になります。

消えたのではなく、「引っ越した」だけ——ただし、行き先が問題

お待たせしました。ここまでの5つに共通することを、一文で言います。

消えたのではありません。全部、あなたにしか開けられない場所へ引っ越しただけです。

テーブルの上のスマホのロック画面——5つの引っ越し先を守る、たった一つの鍵

考えてみてください。かつての財布は、落とせば誰でも中身が見えました。だから困ったわけですが、裏を返せば「中身が見える」ものでした。日本は、落とした財布が現金ごと戻ってくることで知られる国です。でも、スマホは戻ってきても、ロックの先は誰にも開けられません。

引き出しも同じです。通帳、印鑑、保険証、アルバム。あなたに何かあれば、家族が引き出しを開けて、そこから全部を見つけることができました。通帳の隠れた役割とは、これです。お金の記録であると同時に、「ここに口座がある」と家族に教える、物理的な目印でした。 銀行のカレンダーや郵便物も、みんな同じ役割を果たしていました。

引っ越し先のスマホは違います。顔認証、指紋、パスコード。中身は強固に守られていて、それ自体はとても良いことです。ただし、その鍵を持っているのは、世界であなた一人。そして鍵の内側には、決済残高、ポイント、銀行口座、NISA、何万枚の写真——この記事で見てきた5つ全部が、まとめて入っています。

つまり、こういうことです。「財布と引き出しの時代」には、家族への引き継ぎは自動でした。何も準備しなくても、物が家に残り、家族の目に触れたからです。デジタルに引っ越した今、その引き継ぎは、史上初めて「やらないと、できないこと」になりました。財布と引き出しが黙ってやってくれていた仕事を、いまは誰かが意識して肩代わりする必要があるのです。

ここには、避けられない皮肉があります。昔の暮らしの鍵は、家の鍵が1本と、銀行印が1本。いまは、数えきれないIDとパスワード、顔と指紋。守りを強くすればするほど、本人以外には開けられなくなる——あなたを守る仕組みの強さが、そのまま、家族の前に立つ壁の高さになるのです。これは誰の落ち度でもなく、デジタル化という正しい進化が残した、構造上の課題です。

実際、私たちBlueAdventuresが2026年に行った調査では、大切な方を亡くした経験のある人の60.9%が「デジタル関係で困った経験がある」と答えています。困りごとの第1位は「スマホ・パソコンのパスワードが分からない」。引っ越し先の扉が、最初の一枚から開かないのです。

ここで出そうな、2つの疑問

うちは現金派だから、関係ないのでは?

実は、現金派の方にもこの変化は及んでいます。通帳の有料化は本人の意思と関係なく進み、保険証は新規発行が終わり、年金や給付の手続きもオンラインへ寄っていく。財布の中身を現金にしておくことはできても、暮らしの記録がデジタルに引っ越していく流れ自体は、選べないのです。

スマホのパスコードを家族に教えてあるから、大丈夫では?

良い備えですが、それは「玄関の鍵」を渡しただけです。玄関が開いても、どの銀行のアプリにお金があり、どのサービスに何の契約があるかは、家の中を全部探さなければ分かりません。必要なのは鍵そのものより、「どこに何があるか」の見取り図です。

では、引き出しの時代に戻るべきか

戻る必要は、まったくありません。

現金に戻せば会計は遅くなり、紙の通帳に戻せば手数料がかかり、写真を全部現像すれば家が埋まります。この5年の変化は、ぜんぶ正しい。巻き戻すのは損です。

足すべきものは、ひとつだけ。「どこに・何があるか」を本人以外にも分かるようにしておく「在りかの一覧」の習慣です。

この記事の5選に沿って書くなら、一覧はこれだけで足ります。

消えたもの引っ越し先一覧に書く1行
現金・カードQRコード決済・スマホのウォレット使っている決済サービスの名前
ポイントカードポイントアプリよく貯めているポイントの種類
通帳銀行・証券のアプリ金融機関の名前と口座の種類
保険証券保険会社のマイページ(Web証券)加入している保険会社名と保険の種類
印鑑・身分証マイナンバーカード+残った実印実印・銀行印の保管場所
アルバム・手紙クラウド写真・LINE写真がどのサービスにあるか

気づいたでしょうか。金額も、パスワードも、1つも書いていません。 書くのは「名前と場所」だけ。これなら万一誰かに見られても実害はほとんどなく、それでいて、かつて引き出しが果たしていた「家族に教える目印」の役割は完全に取り戻せます。所要時間は15分ほど。詳しい手順はお金の管理がきちんとしている人ほど、家族を困らせてしまう3つの理由で紹介しています。毎月の引き落としが続くサブスクの一覧づくりはサブスクは全部、死ぬまでに解約しておかなければならない3つの理由をどうぞ。

うれしい副産物もあります。書き出してみると、使っていないポイントアプリ、ほぼ残高ゼロの口座、忘れていたサブスクがたいてい1つや2つ見つかります。一覧づくりは、将来の備えであると同時に、財布と暮らしをもう一段身軽にする整理でもあるのです。

紙に書いて引き出しに入れておくだけでも、ないよりずっと良い。ただ、紙には「内容がすぐ古くなる」「家族がその存在を知らなければ見つからない」という2つの弱点が残ります。こうした口座や契約、写真の在りかといった「デジタル資産」を、ふだんは誰にも見せず、もしものときにだけ選んだ家族へ引き継げるようにする専用のサービスもあります。私たちが運営する「つぎの手ナビ デジタル資産」もそのひとつで、登録・一覧のPDF出力・見直しの定期リマインドまでは無料で使えます。

この5年で、私たちの持ち物は史上いちばん身軽になりました。あとは、その身軽さに在りかの一覧を1枚足すだけ。財布と引き出しが黙ってやってくれていた仕事は、それでぜんぶ取り戻せます。もう、考えなくて大丈夫です。

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出典

  • 経済産業省「2025年のキャッシュレス決済比率を算出しました」(2026年3月・新国内指標で58.0%)
  • みずほ銀行・三井住友銀行 各行公表の通帳手数料(みずほ:2021年1月以降の新規口座で1冊1,100円・70歳未満/三井住友:2021年4月以降の新規口座で年550円)
  • 印紙税法(預金通帳は課税文書・1冊あたり年200円)/日経ビジネス「三菱UFJ銀が脱・紙通帳、重くのしかかっていた印紙税負担」(業界全体で年700億円規模・2019年)
  • 金融庁「NISA口座の利用状況に関する調査」/日本証券業協会 集計資料(2025年12月末時点・約2,826万口座、累計買付額約71.4兆円)
  • 行政手続における押印の見直し(2020年・約1万5,000種類の手続のうち99%超で押印廃止。不動産登記等の実印手続きは存続)
  • 総務省「マイナンバーカード交付状況」(2026年1月末時点・保有枚数率81.2%)
  • 警察庁「マイナンバーカードと運転免許証の一体化」(2025年3月24日運用開始)
  • 政府広報オンライン「マイナ保険証」(2024年12月2日から従来の健康保険証の新規発行終了)
  • 保険法 第95条(保険給付請求権の消滅時効・原則3年)
  • 生命保険協会「生命保険契約照会制度」(2021年7月開始・照会1件3,000円)
  • 日本郵便 年賀はがき発行枚数(ピーク2004年用 約44.6億枚→2026年用 当初発行約7.5億枚)
  • 2026年 BlueAdventures調べ(デジタル遺品に関する自社調査)